息子さんは、27歳で難病の脊髄小脳失調症の3型を患っていた。神経細胞が徐々に破壊、消失していく病気で孤発性と遺伝性がある。彼は遺伝性のものでお父さんも同じ病気であった。
同居するお母さんは53歳で、18年間に及ぶご主人の介護の末にご主人が他界。今度は息子の介護も覚悟するが、年齢的な体力の限界を感じていた。
■症例の把握
脊髄小脳失調症3型(SCA-3、通称:マシャド・ジョセフ病)・・・脊髄小脳変性症のひとつ
小脳及び脳幹から脊髄にかけての神経細胞が徐々に破壊・消失していく病気で様々な運動失調の症状を伴う。
現代の医学では根本治療法は見つかっていないため『対症療法』に頼るしかない状況である。
・歩行障害:歩行時にふらつき、転倒することが多くなる。重症化すると歩行困難に陥る。
・条件反射失調:姿勢がうまく保てなくなり、倒れたり、傾いたりする。
また、延髄の神経細胞の破壊が原因で起こる運動失調や、自律神経の神経細胞の破壊が原因で起こる障害などもある。
症状には個人差があるため、息子さんとお父さんの病状履歴に関して聞き取り調査を行い、現状の把握と未来の状況を予測した。
横軸に時間、縦軸には、食事や排泄、入浴などのカテゴリー毎の症状を分類してまとめ、現状の把握と未来の状況を予測した。
■課題の整理
①SCA-3の症状に対する安全性の欠如
・歩行が不安定で転びやすいため危険
・室内に掴まるところが少なく不便
・不便で危険な浴室、トイレ
②介護に必要な広さと機能の不足
・車いすが容易に通れない出入口
・排泄、入浴で介助するスペースが狭い
③居住環境の改善
・外部からの騒音で安眠が阻害されている
・住宅設備の使い勝手が悪い
■コンセプト
・息子さんが介護される前提ではなく、あくまでも自助自立できる住空間を第一に考え、未来に希望が持てる住まいであること
・病状進行も想定し、将来リフォームしなくても介護負担が少なく、永く住み続けられる住まいであること
① 安全性の確保
・エレベーターの設置
既存のキッチンの真下に専用の自転車置場があったため、エレベーターを設置した。
将来、病状が進行すると、階段の昇降が困難になり車いすでの生活が想定されるため、将来にわたって安全に外部と行き来できるようにした。
・適材適所の手すり設置
様々な形状・素材の手すりを必要な箇所に効果的に組み合わせて設置した。また、収納家具は手すりの機能をデザインに溶け込ませるよう設計した。
・床材に転倒防止策
2重床の構造とすることで、床にクッション性を持たせてケガの防止策とした。2重床構造は、床下を給排水管や電線などの設置スペースとしても利用できるため合理的である。
また、寝室もクッション・メンテナンス性に優れたタイルカーペットを採用した。車いすの抵抗も少ない材料で病院などでも多く採用されている。
シャワールーム・トイレは、防滑・クッション性のある長尺シートを採用した。
② 介護負担の軽減
・車いす通行の為の有効寸法の確保
開き戸のままでは車いすで使いにくいので、開閉のし易い引き戸に変更した。
有効開口は850mmを確保している。
・介護に必要なスペースを確保
介護者が入るスペースを確保するため、トイレとシャワールームの幅を1350mmとした。
・介護に必要な機能の確保
介護用天井走行リフトのレールを設置した。寝たきりになっても楽に自宅で暮らすことができる。
寝室からトイレやシャワールームへ移動する際、自ら操作できるため、息子さんの自尊心を保ち自立を促すことができる。
座った姿勢でもシャワーができる入浴設備を採用した。
座った姿勢を保持するのが難しいため更に一工夫した。まず、背もたれの両側に小さな手すりを2ヶ所設け、ダイビング用のベルトを2ヶ所の手すりに通して、身体を固定できるように改良を加えた。
③ 機能的で快適な居住空間
・遮音性能の高いサッシとカーテン
カーテンの隙間を最小限にし、可動間仕切と組み合わせることで遮音性能を確保した。将来、病状が悪化して介護が必要になった場合は、遮音カーテンだけの使用も想定した。
・機能的な住宅設備
家族構成 | 2人(母親〔53〕・長男〔27〕) |
主要用途 | 集合住宅 |
建築場所 | 中国江蘇省啓東南苑新村 |
延床面積 | 約51㎡ |
構造 | 鉄筋コンクリート造5階建2階 |
築年数 | 約20年 |
竣工年月 | 2017年9月 |